ハケトレプレナー日記

派遣社員がアントレプレナーになる話

筆者プロフィール

-- Load&Road,Inc. Co-fouder&CEO --

河野辺和典(かわのべ かずのり)
派遣社員のエンジニアとして3年働き、ビジネスを勉強する為アメリカの大学院へ留学。在学中にクラスメイトとIoTの会社を起業。スマートボトルTeploを開発し、クラウドファンディングで1300ユーザーと800万円の資金調達に成功。クラウドファンディング後にIoTプロダクトの開発や起業に関する相談を頻繁に受けるようになる。受託開発やコンサルティングを行う会社をスピンアウトさせる形で、2社目をインドで起業。
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1つ目の会社:http://teplotea.com/
2つ目の会社:http://sorigin.com/

-- おいたち --
-- 高校まで --
栃木県大田原市で生まれる。サッカーを始めるまで人生が本当につまらなかった記憶あり。ある日自分がサッカーにはまり、中学2年生まで本気でプロサッカー選手になりたいと夢見ながら日々サッカーに没頭。ほぼ勉強をせず、サッカーでなんとかなると思っていた中学2年のとき、当時所属していたクラブチームの経営陣が揉めてクラブチームは公式戦2年間出場停止を食らう。クラブチームを辞めて中学校のサッカー部に所属。以前に比べ少し時間が出来たので勉強をしてみると意外とテストの点数が伸びることが判明し、少し勉強が好きになる。プロサッカー選手の夢は徐々に諦めるようになり、それなりに勉強して地元のそれなりの進学校に進学。

-- 高校 --
高校でも相変わらずサッカーをやりつつ人並みに勉強をする。インターハイが終わり部活を引退すると受験勉強に取り組む。当時物理が得意で車が好きだったという単純な理由で機械工学科を目指す。得意だった英語と物理の2つの配点が高い千葉大学を受験することを決意。センター試験では惨敗しD判定となるも何故か千葉大学電子機械工学科に合格。

-- 大学 --
大学ではサッカー熱も冷め、サークルで続ける程度。特に何かに夢中になることもなく、バイト、パチンコ、お酒、タバコという典型的な落ちこぼれの学生生活。戻れるならば戻って真面目にやりたいものだが、まぁ仕方がない。
工学部の学生は大学院に進むのが王道だが、さすがにこのままの生活をあと2年間続けたらやばいと思い就職活動を始める。
ありきたりな話だけれど、みんなで同じようなスーツを着て企業説明会に行く就活に嫌気を覚える。「自分は3年くらいしたら起業したいっす」という完全に社会を舐めきった感じで就活に挑み、受け入れてくれたのは派遣会社だけだった。そんな流れでとりあえず派遣会社に機械系エンジニアとして入社。

-- 派遣社員 --
就職直前に3.11の地震が起き、急遽入社式と研修が関西で行われることに。なぜかそのまま関西に留まることになり、その後3年間関西にある重工業会社で派遣エンジニアとして働く。大学の時にプログラミングの単位を落としていたが、仕事でロボットの動作プログラムを書くことになる。やってみると意外とプログラミングが楽しいことに気づく。そこではプログラミングや3D2D設計などエンジニアとしてとても多くのスキルを学ぶ。
エンジニアとしては充実した生活を送っていたものの、「このままじゃ俺の人生つまらなくなる」と思い、そこから漠然と海外に転職などを考え出す。当時の僕の頭の中はお花畑の状態で、TOEICで高得点を取れば、資格を取れば、海外でいい仕事につけると思っていた。今考えると恥ずかしいが、当時の僕はTOEIC900点あれば外資系でバリバリ働けると本気で思っていた。その調子でTOEICを受けたりアメリカの技術士の資格を取得したりする。
TOEICで900点を超えた頃、僕は海外転職を目指しリクルートの方と面会をする。その面会で僕は「僕を必要としている会社は海外にない」という常識で考えれば当たり前の現実を見る。
海外で働くのは厳しいということで、別の方法を探す。ロジカルな理由はわからないけれど、どうしても日本を出て世界で仕事をしたい。そしてもう1つ。起業をしたい。「このままじゃ俺の人生つまらなくなる」と思いながら僕は2年間も派遣社員として自分の人生を使っていたのでもう時間がない。
そこでアメリカのMBAで経営とマネジメントを学び、現地のコネクションを作ることを決意する。

-- MBA留学前 --
アメリカのBabson CollegeのMBAプログラムに合格。2014年3月末に退社し、留学まで約3ヶ月ほどあったので東京のスタートアップでインターンを開始。Androidアプリ制作やスタートアップの働き方を体験することが出来たことで、自分で会社を作ることが一気に身近になる。

-- MBA時代 --
起業に特化したBabson大学のMBAプログラムに入学。優秀な学生たちに囲まれて、自分の無能さを実感する。自分のスキル、英語力、国籍を考えると、MBAを取ったくらいでは外資では働けないという現実を知る。ならばもう自分でやるしかない、ということで腹をくくりアメリカで起業。起業の際には、ビジネスアイディアに共感してくれたインド人クラスメイト2人がジョイン。
アメリカのTea DrinkerをターゲットにしたスマートボトルTeploを開発し、クラウドファンディングで1300ユーザーと800万円の資金調達に成功。
クラウドファンディング後にIoTプロダクトの開発や起業に関する相談を頻繁に受けるようになる。受託開発やコンサルティングを行う会社をスピンアウトさせる形で、2社目をインドで起業。

起業記1 決意

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僕が起業を決意したのはMBAに入学して5ヶ月ほどが経過した2015年の1月頃だ。決意といっても決して格好の良いものではない。簡単にいうと、2015年1月に、無能なのにワガママな自分には起業しか選択肢がないことを悟った。

アメリカのMBAはだいたい9月に始まり5月に1年が終わるので、2年制プログラムの場合5月中旬から9月までの3ヶ月が夏休みとなる。

夏休みの間何をするかは基本的に自由だけれど、旅行に行く、母国に帰る、インターンシップをする、またはこれらのミックスが基本だ。基本的に有給インターンで、MBAインターンは2ヶ月で100万とか200万くらいは貰えるので、お小遣い稼ぎをする人もいる。そのインターンシップで結果を出せば、内定を貰えたりする。感覚的には、50%から60%が何かしらのインターンシップをやると思う。

そんなこんなで、インターンの面接や面接対策というのがだいたい年明けくらいから本格化する。LinkedInで行きたい企業のツテを探してメッセージを送ったり、合同説明会に行ったり、ケース面接の練習をしたりする。大学の就職課は履歴書の添削をしてくれたり、インターナショナルスチューデントにはアメリカ企業とのコミュニケーション講座みたいのをやったりしてそれなりに本気でサポートしてくれる。そこで生徒が頑張れば有名企業への就職率が上がり、卒業後の平均給与が上がり、大学のランキングが上がるので、大学も結構本気だ。そんな感じでインターンシップ探しは半ば強制なので僕も最初は参加していた。

まずはレジュメで自分の経歴を(嘘をつかない程度に)盛って、自己紹介を練習して、自分の好きそうな企業探して、、これが超つまんねーの。あれだけ嫌だった日本の就職活動と一緒だ。。というか、ここは起業で世界一のMBAじゃなかったのか?みんな入学時は起業したいって言ってるのにいきなりインターン目指すのが当たり前みたいになってるぞ、なぜだ!みんな嘘つきだったのか、僕が一人バカみたいに大学のブランディングを信じすぎたのか?なんかしっくりこないなぁ。それに加えて面接ではいろいろ英語で聞かれて、英語得意じゃないから何言ってるかわからないことあるし、、これ超苦手なやつだ。学校の成績も良くないし、自分を飾って喋るのも好きじゃないし、正直ネイティブのイングリッシュスピーカーをまとめて行くスキルと自信もないし。かと言って日本の企業に就職するつもりはないし。無能なのにワガママ。そしたらもう選択肢は1つしかない。起業しかない。で、起業を決意した。

でもそのあとも一応いろいろ考えた。やっぱりみんなはインターンシップ面接頑張ってるし、流れに乗った方がそれなりに学校では生きやすい。少し頑張ってどこかでインターンシップを見つけることも可能なはずだ。日系企業ならばどこかは採ってくれるだろうし、インターンの経験はその後の就職活動でも使えるはずだ。

そんな時、僕は一人でノートとペンを持ってボストンシンフォニーオーケストラの近くのカフェに行ったのを覚えている。僕はバークレー音楽大学のちょっとクレイジーな人たちに混じって、ノートに自分が今持っている選択肢と自分が人生でやりたいことを羅列して行った。海外で働きたい、起業したい、本を出版したい、お金を稼ぎたい、子供を育てたい、海外で生活たい、時間にしばられたくない、上司のいうこと聞きたくない、優秀な人と仕事したい、有名になりたい、モテたい、英語上手くなりたい、、。思いつく事全てを書き出して、ランキングをつけていった。そこで気づいたのは、僕はインターンもしたくないし、就職もしたくないし、みんなと同じこともしたくないということだった。そしてそこでもう一つ重要な問いに気づいた。自分が経営者だったらどっちの人材が欲しいかな?

A: 起業家教育No1のMBA在学中にそれなりの会社でインターンしてきた生徒

B: 起業家教育No1のMBA在学中に起業した生徒

どっちが欲しい?いや、断然Bでしょ!たとえその会社が潰れてたとしても、その行動力買うでしょ!

単純だけど、これで吹っ切れて一気に起業にシフトした。

 

 

星野源の働く男を読んだ

僕は普段テレビを観ないので、どんな人がテレビで活躍しているのか正直わからない。日本の芸能関係の情報は1日に1回届くラインニュースの見出しでなんとなく想像している。あくまでも想像なので、現実とかけ離れていることが多々ある。例えばAAAというのは3人組の男版パフュームみたいな感じだと思っていたら、結構大人数だということに驚かされた。星野源もねじり鉢巻の源さんみたいのをイメージしてたら対極のような人だったのでとても新鮮だった。

そんな感じで星野源に興味津々になり、今更だけど星野源の「働く男」を読んでみた。

まず、この本の半分くらいは映画の論評だ。映画に関連がありそうな星野源の実体験をゆるーく話した上で、少し映画を論評する、といった感じで映画を10本くらい?紹介している。コラムのように書かれており、各コラムのタイトルはゆるい感じで、映画の名前がコラムのサブタイトルになっている。このやり方はすごく素敵だと思った。映画のガチの論評は映画の内容にフォーカスしすぎていてとても堅苦しくなっていることが多い。でも星野源の論評は、どんな映画に関してもゆるい感じで始まる。松本人志が笑いを「緊張と緩和」というふうに説明していた記憶があるのだけれど(あってますか?)星野源の論評は緊張と緩和を取り入れて、笑える、気持ちのいい論評になっている。なので、映画をそこまで好きではない人も緊張せずに読めるのだ。

次に、映画評論というのが業界から受け入れられた理由なんじゃないかと思う。田舎のTsutayaなどはDVDと本屋さんが合体している場合が多い。星野源の本を読んで、論評されている映画を手に取る人は少なくないはずだ。ということは、本屋さんは星野源を売るとDVDも売れるので、星野源の本を宣伝媒体として使える。そのため、星野源の本を平積みにして、一番人目に着く場所に置き、星野源の本が売れる。

巻末に掲載されている、又吉と星野源の対談で、「職種の枠はいらない」と書かれているけど、それがミソなんじゃないかと思う。星野源という役者兼歌手が映画の論評を描いたから、役者や音楽のファン層が映画を手に取る。又吉というお笑い芸人が小説を書くから、お笑いのファン層が小説を手に取る。販売業界では、興味がない人に興味を持ってもらうには莫大なコストがかかるので、こういったジャンルをブリッジできる人たちは、広告媒体としてすごくコスパが良く引っ張りだこになるのだ。

もちろん星野源はすごく魅力的な人だと思う。実はまだ彼が動いている動画や彼の声を聞いたことがないので、どこかで観る機会があればいいな。

 

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最後に泣いて悔しがったのはいつですか?

昔サッカーをしていた時、試合に負けると悔しくて泣いていたことがあった。本当に悔しかったし、もっと強くなりたかった。

でもこんな感情は年をとるにつれて少なくなってった。社会人になって年が経つにつれ、悔しくて泣くということが少なくなっていった。大人になるということなのかもしれない。僕は感情論や根性論みたいのは基本的に嫌いなのだけれど、それでも感情が減っていくのは少しつまらないと感じていた。

僕は起業をしてから、サッカーをやっていた頃のように感情が出るようになった。例えば、ビジネスコンペに出場する時には「絶対に自分たちが一番だ」という自信を持って行くのだけれど、そこで優勝出来ないと本当に悔しい。悔しすぎて、涙が出てくる。さすがに会場では泣かないけれど、恥ずかしい話ホテルに戻って号泣したりする。何かを達成した時には本当に感情を出して抱き合って喜ぶ。

こうやって感情のある生活を送ってみると、日常にアクセントが付く。アクセントが付くとエキサイティングだしメリハリが出てくる。メリハリが出てくるとポジティブになるし、ポジティブになるとポジティブな人と会うことが多くなる。

僕はこのような生活が本当に好きだ。良いことばかりではないけれど、毎日なにかしらアクセントがある。だから起業家はやめられない。

MBA生の勉強時間

Babson大学の場合だが、2-Year MBAの1年生の時には平日の午前中に授業が2コマある。午後は基本的に授業はなく、授業で出題されたグループワークや予習復習に当てられる。

授業は予習されていることが前提で構成されているので、ケースを頭に入れて自分の意見を持って授業に参加する必要がある。予習をしていない場合はまったく授業について行けず授業での発言も出来ないので意味がなくなってしまう。 予習の量は1つのクラスで平均して10ページから20ページのリーディングプラス事前課題が一般的だ。それを2クラス分予習するので1日平均20ページから40ページのケースを読み、課題に対する自分の回答を作って授業に出る。ファイナンス系の授業ではエクセルで数字を作っていく必要もある。40ページのリーディングはネイティブにとってはそれほど苦ではないかもしれないが、第二言語として英語を使う人にとっては結構な量である。僕の場合、1つのクラスにおよそ2時間から3時間予習の時間を費やしていた。なので1日の予習の時間は4時間から6時間ほどだ。それにプラスして復習やグループワークで、授業外の勉強は合計で7時間から8時間だった。

考えて見ると、これだけの時間を勉強に費やせるのは本当に幸せなことだ。同年代の人たちの大半は必死で働いてスキルを身につけている間にのうのうと勉強をしているとも言える。働くか勉強するか、どちらが正解かなんてわからないが自分が信じた方を全力でやるしかない。

 

新旧折衷

中国の街中で度々目にする格差。

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50年前にタイムスリップしたかのような自動三輪車の後ろにポルシェのコーエン。

中国の大気汚染と自問自答

中国の大気汚染はずいぶん昔から問題視されているが、実際に行くと本当にその深刻さを実感する。空港の中でさえもうっすらと白いスモッグがかかっているのだ。北京の外にいると僕は1時間ほどで頭痛がしてくるし、滞在中体調があまり優れない。

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ここに住んでいる人たちの健康が本当に心配になる。中国の20年後の医療費は本当にすごいことになるのではないだろうか。

僕は残念ながらまだ北京と上海で青空を見たことがない。中国から東京やボストンに帰って来ると青空が奇跡的に綺麗に見える。青空の下でジョギングを出来ることがいかに幸せかを実感する。

青空の下で遊ぶことを知らずに育った子はどうなるんだろう?スモッグを吸いながら育った子はどうなるんだろう?スモッグを吸ってる動物や植物を食べると人はどうなるんだろう?経済のためにスモッグを出す事は人を幸せにするのだろうか?そしてこのスモッグに加担しているのは他でもない自分なのだ。言ってしまえば、世界中のスモッグを中国が肩代わりしているのだ。なにが正義なのだろう?自分はなにをすべきなのだろう?そんな答えのない自問自答をする今日このごろ。